第31回多田謡子反権力人権賞受賞者選考理由

2019/10/31

● 関西救援連絡センター  (弾圧に反対し冤罪と闘う救援運動)

 関西救援連絡センターは、学園闘争や釜ヶ崎暴動などで逮捕者が頻出していた1960年代末、東京の救援連絡センターに呼応して「結成の呼びかけ」が出され、1969年10月8日、関西救援連絡センター(準)として活動を開始しました。
 結成直後の69年11月13日、佐藤訪米阻止闘争で扇町公園で逮捕された糟谷孝幸さんが死亡した事件では真相究明活動を、70年代半ばの11.22事件(在日韓国人学生がスパイ容疑で多数逮捕された)では救援運動を、鈴木国男氏の大阪拘置所での凍死事件では事実解明の闘いなどを担い、2000年以降も赤軍派関連の逮捕やガサに抗するなど、関西地区での反弾圧・救援運動を続けています。
 現在、専従者はおらず、仕事を持つ事務局員が分担して活動していますが、関西では人民新聞社や、連帯労組関西地区生コン支部へのたび重なる弾圧も続いています。反原発運動やレイシストとの闘いでの逮捕、死刑の強行や冤罪の発生など、救援対策が求められるさまざまな要請に取り組み、地域に根ざした通信を発行して弾圧や裁判などの情報を発信し、関西の地で反弾圧・救援運動を担い続けてきた関西救援連絡センターに多田謡子反権力人権賞を贈ります。

● 反天皇制運動連絡会    (反天皇制運動)

 反天皇制運動連絡会は、1984年に発足し、89年1月の昭和天皇死去にあたっては、自粛と哀悼の意の強制を拒否し、1年に及ぶ「天皇代替わり」の国家行為に反対して、果敢に街頭に出て闘いました。30年後の2019年、「天皇の生前退位」と称し、安倍政権が膨大な国家予算を浪費して行う、神道にもとづく天皇家の宗教行為と、「令和」への改元祝賀キャンペーンに対しても、「象徴天皇制」を推進する与党・野党、マスコミ、「国民世論」といった魔物に立ち向かい、反天皇制の旗印を鮮明にして闘っています。
 敗戦と旧連合国・米国の占領をへて成立した現在の日本国と「象徴天皇制」は、1945年8月15日以前に大日本帝国が犯した戦争責任から決して逃れることはできません。そして、これまでよりひとまわり広範な人びと、500人を超える参加者で行われた10・22天皇即位式反対デモで、まったく無防備な参加者3人が不当逮捕される事態が示しているように、天皇制が暴力と弾圧とともにあったのは戦前だけではありません。「象徴天皇制」との闘いを回避する姿勢を拒否し、天皇制反対の鮮明な旗を掲げて闘い続ける反天皇制運動連絡会に、多田謡子反権力人権賞を贈ります。

● エリザベス・アルオリオ・オブエザさん  (非人間的な入管行政との闘い)

 全国各地の入管施設に収容されている非正規移民や庇護希望の外国人ら200人近くが、非人間的な取り扱いや長期収容の改善を求めてハンストに入り、自殺者や餓死者まで出ている。そんな中、ナイジェリア生まれのエリザベスさんは、毎日のように地元・牛久の東日本入管センターや品川、横浜、名古屋、大村などの入管センターに通い、被収容者に面会し、励まし、共に祈り、一方で収容所内での劣悪な環境を社会に訴える活動を20年以上続けてきた。
 エリザベスさんはナイジェリアの少数民族出身で、今も続く悪慣習=女性性器切除(FGM)の強制を逃れるため、教師の母の勧めもあって17歳で家を出て自立し、23歳で単身来日。工場などで働いていたが、2011年1月、超過滞在で逮捕され、収監中に難民申請。仮放免中に裁判で敗訴し、16年10月には再び約1年間、収監され、現在も仮放免中だ。市民団体からの支援などで生活を維持しつつ、県外移動にも許可が必要な監視環境の中で、かつて自身がいた収容所の高い壁の外から「きょうも来たよ、仲間たち。みんな愛しているよ」と呼びかけ続ける。
 その崇高な魂の活動を支持し、守るために、本基金の人権賞を贈ります。